「日日是好日」(にちにちこれこうじつ)という映画を見て深く感じる事がありました。2018年に劇場公開された日本映画で主演を黒木華が演じています。将来に迷う普通の女子大生・典子(黒木華)は、いとこの美智子と一緒に近所の茶道教室に通い始めます。最初、典子は茶道の所作や決まり事を「何でこんなに面倒なんだろう」と感じます。先生に「お茶は形から。先に入れ物を作って、あとから心が入る」と言われても、いまいち腑に落ちていきません。それでも個性的で厳しくもユーモラスな先生(樹木希林)のもとで、作法や季節のしつらえを一から学んでいきます。そして同じ事を何度も繰り返しているように見えるお茶の世界で、四季の移ろいや自分自身の成長が積み重ねられる中で、静かに変化していきます。そして就職、失恋、いとこの結婚、父親の死と人生の節目を迎える度に典子は稽古を続けながら、少しづつ自身の中の心に映る世界の変化に気づくようになります。例えば、お茶碗にお湯を柄杓で注ぐ時にはトロトロと、お茶碗に水を柄杓でそそぐ時はキラキラと聞こえるといったようにわずかな変化を、自身の中から見つけ、そして感じていくようになります。
33歳になり典子が一人暮らしを始めた春、突然に父を病気で亡くします。そして典子は必死にその悲しみに慣れて生きていかねばと日々を重ねて行きます。そんなある日、茶室の外を強い雨が降り続ける中、その激しい雨音を聞きながら静かに稽古を続けていると、ふと茶室の床の間にかけてある「雨聴」という文字が目に留まります。そして、「雨の日は雨を聴く…。五感を使って全身でその瞬間を味合う。雪の日は雪を見て、夏には夏の暑さを、冬には身の切れる寒さを…」と全てを丸ごと受け止める心に満たされます。そして、その時、映画の題名にもなっている茶室にずっと掛けてあった「日日是好日」という言葉の意味が理解できるのです。「毎日が良い日」とは、晴れでも雨でも、順調な日も失敗した日でも、その一日を丸ごと受け止め、丁寧に味合えばその全てが「好日」になるという心の姿なのでした。
「げんきの市場」の店頭はいつも旬の姿で溢れています。ある時は春野菜、夏野菜、秋野菜、冬野菜といった野菜たちが溢れ、その移り変わりの時期の「端境期」を挟みながら移り変わっていきます。特に、2月頃から春野菜がまた並び始める時の端境期と夏野菜が終わり秋野菜が溢れ出すまでの端境期は野菜が少なくなります。そして、春にはいっせいに色々な冬野菜が菜の花に生まれ変わって並び、そしてどの季節もその天気の中で良く実った野菜たちがどの生産者からも所狭しと並びます。それは頭で考える「旬の移り変わりの風情」ではありません。ただ、それこそが私たちの暮らしの中で自然界の恵みがもたらす、大いなる愛の姿なのです。私たちはそれを丸ごと受け止め、丁寧に味合う文化を育てて行きたいのです。
