私たちの日々の暮らしを織りなす豊かさを大切にして…  野菜情報VOL.689  令和6年1/14~1/21 

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2013年12月に日本の和食が無形文化遺産に登録されました。そしてその時の決め手になったのが文化としての和食を強調するためにつけたタイトル「和食:日本人の伝統的な食文化」に後から加筆した「 ―正月を例として― 」の一言でした。正月の1月1日の午前中に日本の全国民が全都道府県でお雑煮を食べるという習慣は、国民生活と非常に密接しており、そのようなものは世界中に例がなく、これは残すべき文化であると認められたのです。そしてユネスコは日本の和食を「後世へと守りゆく食文化」であると評価しました。

お雑煮は平安時代にはすでに日本で食べられており、室町時代に京都の相国寺の院主が残した日記の中で正月にお雑煮を食べた事を記しています。お雑煮が全国の一般庶民が食べるようになった時期ははっきりしていませんが、江戸時代後期に京都、大阪、江戸の風俗を記録した喜田川守貞の「守貞謾構」(もりさだまんこう)には、「元日、二日、三日、諸国ともに雑煮を食ふ」と書かれており、正月3が日には全国的にお雑煮が当時から食べられていました。

お雑煮に欠かせないお餅は、お正月に歳神様を迎えるために、前年に収穫したもち米でつくってお供えをしました。年神様とは元日に新年1年の福徳をもってそれぞれの家にやってくる神様です。それをお下がりしてお雑煮にして頂く事(神人共食)から正月に食べるようになったと言われています。お雑煮は地方やそれぞれの家によって餅の形や汁の仕立て方や具材などが異なりますが、総じて東日本は角餅ですまし汁仕立て、西日本は丸餅で近畿地方を中心に白味噌仕立てです。具材は山間部なら山の幸、海に面した地域は海の幸が入るというようにそれぞれの地域のものが入りますが、正月に食べる事から縁起の良い意味付けがつけられるようになりました。

 生涯をとおして京都の料理や暮らしなどの伝統文化を書き残した大村しげさんの「ほっこり京ぐらし」(淡交社 1997年刊)には、大晦日(おおつごもり)から新年を迎えるまでの様子が描かれており、元日の早朝に雑煮を作り始める様子も書かれています。「いよいよお雑煮ごしらえのときになって、初めに裏へ出て四方に柏手を打ち、拝む。そして、若水を汲んで、お雑煮をたく」。若水とは、年の最初に汲んだ水の事で、それを飲めば寿命が延びると信じられていました。こうして始まる大村さんの1年は豆まきや祭り、お月見などの季節を織りなす催事とともに、竹の子や梅、しば漬けなど旬の恵みを余すことなく頂く事で日々の暮らしを彩り、平凡でありながら、だからこそ得難い日常の豊かさを、日々の暮らしの中でたおやかに紡いでいます。

日本人の元日はお雑煮で始まります。そして私たちの暮らしは旬のオーガニックの畑と直線で繋がっています。怒涛の2024年が動き出しました。どんな1年だとしても、日常の中にある豊かさを大切にして、日々の暮らしを丁寧に重ねて参りましょう。

 

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