今週は「げんきの市場」が天然酵母パンを頂いている「木のひげ」の牟田口嘉典(むたぐち よしのり)さんをご紹介致します。ご主人の牟田口さんがつくるパンは、無農薬レーズンから起こした自家製酵母、国産の小麦、それに水と岩塩だけでつくるシンプルなハードタイプのパンです。工場で生産されているパンに使われる膨張剤や香料などの添加物はもちろん、乳製品や卵、砂糖なども一切入っていません。食べやすいパンがイコールで美味しいパンだと思っている人が多い中で、「何故、ハード系の天然酵母パンだけを焼き続けるのか?」を牟田口さんにお伺いすると、「パン作りを始めた時、師匠に習ったパンをつくり続けているだけです」という答えが返ってきました。
牟田口さんの師匠は日本で最初に天然酵母専門店ホンビック・ルヴァンを設立したフランス人のピエール・ブッシュ氏です。ブッシュ氏はマクロビオティックに興味を持ち、日本の味噌や醤油といった発酵調味料を研究する為に、1975年に日本に来日しました。そしてその時、菓子パンや食パン、フランスパンなど本当に様々なパンが販売されている日本のパン文化に興味をもちましたが、その中で天然酵母による本物のパンだけが日本に存在していないことに気づきました。そして、発酵食が豊富な日本食文化の中で、日本に欠けている本物のパンを自分が作ろうと決心しました。当時、すでにパンが主食のフランスでも殆どイースト発酵のパンが主流で、パリの中で天然酵母パンを販売しているのは一軒だけでした。そこで、ブッシュ氏は16世紀に書かれた農業書を頼りに、干しブドウから酵母を起こしてカンパーニュを焼き上げる技術を完成させ、1981年、日本で最初のパン・ド・カンパーニュの販売を始めました。牟田口さんはそこにパン職人の見習いとして参加し、その後1983年に独立をして「木のひげ」をスタートとしました。
以来、40年、牟田口さんは自家製酵母の発酵によるパンを焼き続けられています。「例えば工房の中でエアコンをかけていても、酵母はあくまでも外気の温度に影響を受けます。外気温が高くなり過ぎると発酵と熟成とのバランスが崩れてしまい生地が割れる事がります。一時期、それで角食パンを販売できなくなりました」。まさしく、酵母菌は生きており、発酵は生命の営みそのものです。牟田口さんが「自分は焼かせてもらっているだけ」と、ご自身のパン作りを語られます。酵母と共に発酵という生命の世界に向きあう姿は、自然と向き合い謙虚に生きる百姓の姿に似ています。
最近、牟田口さんは長年作ってきたご自身のパンについて再認識をしたそうです。「実は歯を悪くして自分でつくって食べてきたパン・ド・カンパーニュを普通に食べられなくなったんです。それでパン・ド・カンパーニュを細かく刻んで唾液の力で食べて見ました。すると、小麦が口の中で膨らんで、酵母の香りや小麦のうま味が広がり、本当にこれが美味しかったんです。つくづくいいパンを焼いていたんだなあと再認識して…。それからは、ハード系のパンを食べ慣れていない方には細かく刻んだパン・ド・カンパーニュをまずは試すのを、お勧めしています」
最後に、今年で創業40年の節目を迎える牟田口さんに、「『木のひげ』のパンを食べている方に、何か伝えたい事はありますか?」とお尋ねすると、「私はパンを小麦と水と塩と酵母だけで焼き続けてきました。これからも初心を忘れずに、この基本のパンを焼き続けるだけです」との事でした。「出会った人たちのお陰でパンを焼き続ける事が出来た」とも話されていましたが、私たちも牟田口さんのお陰でパンの「原点」である本来の天然酵母パンを届けられる事を心より感謝いたします。