「地球と同心円の健康」という言葉を、私はこれまで何度も野菜情報の中でお伝えしてきました。
それは、「げんきの市場」が生産者の皆様、そしてお客様とともに育んでいきたい未来の姿です。
今回は、その「地球と同心円の健康」についてお話ししたいと思います。
「健康」という言葉から、多くの方は「病気でない状態」や「長生きすること」「健康診断の数値が正常である」などを思い浮かべるでしょう。
しかし、本来の「健康(health)」という言葉は、古英語の「whole(全体性)」と語源を同じくしています。
ホリスティックな視点では、健康とは単に病気がない状態ではなく、身体・心・人間関係・自然とのつながりまで含めて、全体として調和している状態を意味します。
私たちにとって「欲望」は決して敵ではありません。
生きたい、愛したい、誰かとつながりたい――そうした欲望は人間の生命力そのものであり、生きるための大切な原動力です。問題は、その欲望が過剰になり、私たち自身の意思を離れて独り歩きしてしまうことにあります。
江戸時代の思想家・水野南北が指摘したように、過剰な欲望は私たちの健康を歪めます。
それは身体だけでなく、支配や比較、依存といった行動を生み、人と人との調和を損なう原因にもなります。
そして、さらに肥大化した欲望は、ついには自然、すなわち地球の循環までも乱してしまいます。まさにそれが、現代という時代の姿ではないでしょうか。
だからこそ、私たちには欲望を抑え込むのではなく、その働きを調和へと導くもう一つの力が必要です。それが、「地球と同心円の健康」を育てる「喜び」です。
欲望が自律神経の交感神経のような働きを担うとすれば、喜びは副交感神経のように私たちを整え、調和へと導いてくれます。
自然の恵みに感謝し、人とのつながりを喜び、生きていることそのものを味わう、それが欲望の暴走を防ぎ、私たちを本来の健康へと立ち返らせてくれるのです。
その健康を育むために、石塚左玄が提唱した「食養」は、私たち日本人の食性にかなった優れた智慧であると私は考えています。
私たちの食べ物は、多くの生命に育まれた豊かな土から生まれます。
そこには、生産者の方々の暮らしや願い、日々の営みがあります。
そして食卓には、「いただきます」「ごちそうさま」という感謝の心があり、生きる今を祝福する喜びがあります。
家族で囲む食卓はもちろん、一人で食べる食事であっても、私たちは大いなる自然の循環とつながっています。
私たちの健康を支える食事は、決して個人の中だけで完結するものではありません。
目には見えない数多くの生命と人々の支えによって成り立つ、まさに奇跡の贈り物なのです。
そして、そのような生命の祝福に彩られた食事は、単に健康を育てるだけではありません。
桜沢如一が語ったように、それは「宇宙の秩序と調和」へと向かう道でもあります。
私たち一人ひとりの食は、自らの健康を育てると同時に、家庭を変え、地域を育み、未来を創っていきます。
そして私たちは、自然の恵みを受け取るだけでなく、その喜びを次の世代へと手渡していく存在でありたいものです。
地球と同心円の健康とは、私たち自身の健康と、家族の健康、地域の健康、そして地球の健康が「生命」を中心として結ばれているという気づきであり、そのつながりの中で生きる喜びこそが、これからの時代に必要な本当の豊かさなのではないでしょうか?
私たちはこの時代を目指して「古(いにしえ)の時代にあった地球の一員として生きる喜びの記憶」を取り戻すために生まれてきました。
