料理家の辰巳良子先生が「いのちと味覚」(NHK出版2017刊)という本を、92歳の先生が「これだけはお伝えしたいこと」として出版されました。この本の冒頭で、先生はご自身を振り返り、40歳を過ぎて料理家としてやっていこうと思っていながらも、「積んでは崩す」の繰り返しのような日々の台所仕事に、何か割り切れないものを感じていました。そして、食事をつくり、食べ、片づける時間を惜しいと感じてしまう自分を納得させる為に、「人はなぜ食べなければならないか」という問いに向き合いました。そして「食べることは呼吸と等しくいのちの仕組みに組み込まれている」という答えにたどり着くのですが、その仕組みとは何なのかという問いが残されていました。
それから十数年が過ぎ、分子学者の福岡伸一先生の「動的平衡」に出会い、食べものは分子レベルでは身体の細胞と入れ替わっている事実を知り、全てが解き明かされます。それは「一日三食、365日。その一食一食がいのちの刷新であるならば、私たちは、食べるべきように食べなければならない」という事であり、そして「全ての生物が他の命を、自分が生きていく一つのすべにしなければ生きていけない」という生命の根本に気づきます。そして「食べること」がまったく違って見えてきました。「食べること」は他の命とつながる事であり、良い食をいただく事は、たしかな「いのち」へと繋がるのです。「いのち」は私たちが思う以上に、「よりよく在る事」を求めており、私たちが五感をフルに活用しながら食べ物と向き合い、それが「おいしい」とわかる事がいのちを養うために備えられた営みの根源であり、その味覚こそが私たちを守る力となります。
5月21日(火)、朝倉玲子さんの「料理教室」を開催いたします。朝倉さんはオルチョ・サニータをイタリアで生産し日本で販売している株式会社アサクラの代表であり、イタリアで郷土料理、家庭料理、オリーブ栽培を学び、さらにミシュラン三つ星レストラン(当時)リストランテで修行した料理研究家としても著名な方です。そして、現在、素材の味を引き出し、料理のハーモニーを引き出すオリーブオイルを使用した料理教室をご自身のホームグランドである会津のキッチンスタジオや全国各地で開催されています。そして、その教室は「五感を呼び覚ます料理教室」というサブタイトルがつけられ、調理はなるべくそぎ落としたレシピでシンプルに料理し、素材に寄り添い、自身の目耳鼻触感の五感をフルに使う本来の家庭料理の仕方です。私たちが素材に寄り添い、向き合う事により、シンプルで美味しい料理がつくれるようになります。
昨年の11月18日、「げんきの市場」で朝倉玲子さんの「オリーブオイルを知る会」が開催され、その中で、「家宝になるミートソースパスタ」を作っていただきました。「家宝」になるという言葉に「何が普通のミートソースとは違うのだろうか?」と考えていたのですが、まさしく人生の思い出となる「ミートソース」でした。それは玉ねぎや人参、ひき肉といったそれぞれの素材が、それぞれの美味しさを最大限に引き出され、トマトソースと共にちゃんとその存在を表現しながらもお互いがひとつのハーモニー生み出すというまさに心に残る味でした。是非、朝倉さんがご指導される料理の美味しさを知り、辰巳先生の言われる「いのちを守る味覚」を食卓に育ててください。