自身の健康を育てる「食・心・動・環」の「環(環境)」とは… 野菜情報VOL.773 令和8年1/18~1/24

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佐藤成志先生(佐藤秀彦先生のお父様)が健康講座の中で、暮らしの中で自身の力で健康を育てる「食・心・動・環」を話され、その「環(環境)」の具体的な例として話されていたのが、かつてご自身が「水」の講演で招かれた宮城県の気仙沼の話です。「気仙沼は牡蠣の養殖が盛んなんだけど、一時期、公害で牡蠣が獲れなくなったんだ。それで、また牡蠣が育つような海を取り戻すために、漁師の奥さんたちはえらかったねえ。山に木を植えたんだよ。そしたら、木が育った山から海に流れる込む水が変わって、また、牡蠣が育つようになったんだ」。佐藤成志先生は「水」も専門分野で、「あなたを生かす水、殺す水」、「水で決まるあなたの寿命」といった「水」に関する本も出版されており、その本を手になされた漁師の奥様に呼ばれて講演会をやられたとの事でした。

 この気仙沼の話をネットで調べていたら、気仙沼の牡蠣の養殖を手掛けていた哲学者で漁師の畠山重篤(はたけやま しげあつ 1943年~2025年没)さんがこの運動の中心に居た事がわかりました。畠山さんは宮城県気仙沼水産高等学校を卒業後、家業の牡蠣養殖を継ぎましたが、日本が高度成長期を迎えた1964年頃から気仙沼湾岸では生活用水で汚染されるようになり、赤潮が発生するようになりました。そして、その赤潮に牡蠣の身が染まった「血ガキ」が出来るようになり売りものにならず、廃業する漁師も続出しました。当時、気仙沼湾に注ぐ大川には水産工場の排水が流れ込み、上流部では安い輸入木材に押されて針葉樹林が放置されて放水力が落ち、大雨で表土が流されていました。そのような状況の中で、自分は漁師として何をどうしたらいいのか悩み続ける日々の中で、或る日、たまたま流れていたテレビから、「海を守るには山を植林した方がいい」という大学教授の言葉が飛び込んできました。テレビで話されていたのは北海道大学の松永勝彦名誉教授で、「私たちが海の豊かさをはかる座標は魚介類の豊かさ。では魚や貝を増やすにはどうすればいいのか・・・。それは魚や貝のエサとなる植物プランクトンや海藻を増やすこと。では、植物プランクトンや海藻を増やすにはどうすればいいか・・・、そのカギは、光合成と鉄にあるのです」。

 畠山さんは母親が息子が船を新しく買う時の為にと蓄えていた資金をつぎ込んで松永名誉教授に化学的調査を依頼したところ、気仙沼湾に流れ込む大川から、植物プランクトンを育む鉄などが流れ込む事がわかりました。そして、その土に沢山含まれている通常の鉄分はすぐに酸化して川に沈んでしまいますが、森林の落ち葉から出来る腐葉土の中に酸化されない鉄が出来き、それが川から海に供給されて植物プランクトンを育てる基となる事を突き止めました。その為には大川上流の矢越山の森林が復活しない限りこの問題は解決しない事がわかりました。そして、畠山さんは気仙沼湾から30km上流の矢越山での森づくりを漁師仲間に呼び掛け、70人程度の人がそれに賛同し、「森は海の恋人」を標語に植林活動を始めました。しかし、それは決してすぐに答えが出る活動ではなく、周囲の白い目や疑問を投げかけられながらも畠山さんたちはそれでも木を植え続け、20年の歳月をかけて豊かな気仙沼湾を取り戻しました。畠山さんの生涯、それは自身の牡蠣づくりという仕事を通して自然との共生に向き合いました。佐藤先生は、自身の健康づくりを通して自然と向き合い、自然と共生する道を歩み続ける事で健康が育まれる事を私たちに教えて下さいました。

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