今週は「あなたの体は9割が細菌」(アランナ・コリン著 河出書房刊 2016)という本をご紹介します。この題名は、「自分の体」と呼んでいる容器(骨・肉・血他)を構成している細胞1個に対して、そこに9個の細菌や菌類等の微生物がヒッチハイカーのように乗っかっているという意味です。そして私たちの身体は私たちのものである以上に、微生物のものでもあるのです。さらに私たちの健康や精神まで左右されています。この本の副題は「微生物の生態系が崩れはじめた」で、そうした共生微生物は身体の表面や内臓の中など様々に棲息し、私たちはその微生物の働きに頼るように進化してきました。そして、その生命圏が壊れたら、私たち自身の異常につながるのです。
著者のアラン・コリン博士は進化生物学者で、マレーシアでの現地調査をしていた時にダニ媒介の感染症に掛かった事により数年間の闘病生活を余儀なくされ、その間に大量の抗生物質が投与されました。そして、自身が長年にわたって保持してきた体内の共生微生物を多く喪失し、その副作用により皮膚にできる発疹、胃腸の不具合、あらゆる感染症に対する抵抗力の低下など様々な後遺症で苦しむ事になります。このように抗生物質の大量投与を続けた結果、「自分を苦しめた細菌だけではなく、もともと体内に共生していた細菌まで絶滅へ向かわせ、自身の体は微生物の住めない荒れ地にされてしまった」との思いが強くなり、それが本書を書くきっかけになっています。
私たち人類は抗生物質の発見により感染症制圧に貢献しましたが、その乱用により人類が誕生して以来、共存共栄してきた微生物を、今、失いつつあるのです。抗生物質は医療品以外に畜産業で多投されており、それが食肉や乳製品、卵を経由して体内に入ります。また人類の衛生概念が発達する中で、抗菌剤入りの石鹼や衛生用品、衣類など様々な形でそれが身体の表面に共生生息する微生物を減らしています。それ以外にも農薬や化学肥料、加工食品やファストフードには防腐効果のある添加物が使われ、私たちの身体の共生微生物群の生態系がかつてないほどに崩れ始めています。そして、それが21世紀病と呼ばれているアレルギーや自己免疫疾患、肥満、糖尿病などの病気やうつ病や自閉症などの精神疾患の原因になっていることを著者は指摘しています。
私たちの共生微生物は腸管、口腔、体の表面など様々な人体に存在していますが、その中で100兆個4000種の微生物が集中して棲息しているのが腸管です。第2章「あらゆる病気は腸からはじまる」では、西洋医学では完治が難しい21世紀病と腸との因果関係を指摘しています。また、腸は第2の脳と呼ばれており、腸と脳とは直接繋がっています。腸内微生物群が減少すると人間はストレスを感じ、また、食べ物に付着している細菌を食べると腸内にあるセロトニンという幸福物質が脳に送られ、幸福感を感じます。本書の最終章では自身で共生微生物群を修正する方法として「まず食生活について、考えて選択する事」を指摘しています。腸内で微生物を増やすカギは食物繊維が握っており、野菜や穀物を多く摂り、肉を減らす食生活を薦めています。特に無農薬栽培の作物には多くの常在菌が存在しています。身体に生息する微生物共生圏という世界から私たちの健康を顧みると、体の9割の細菌たちと生命の同心円が広がる健康こそ私たちが育むべき世界なのです。